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いわゆる夢小説。しかし名前変換が無い。そしてファンタジー。
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ぼんやりと、目を開ける。

―――ここはどこ。

ふと浮かんだ疑問に答えるのは、自分自身。
ここは、そうだ、ダイヤモンドパレスだ。知ってる。見たことがある部屋だった。
精緻な刺繍のなされたベッドカバーや、使い込まれた飴色の机、革張りのソファー。
部屋に置かれた調度品の全てがとても高そうで、その分だけとても美しかった。

―――知ってる部屋だ。

けれど、ここがどこなのか、考えることはできない。頭がぼんやりして、考えることなどできそうにない。
今日はどうしたんだろう。何だかとても不安定だ。
自分の意識が上手に保てない。眠い、という感覚によく似ている。
すぐにでもこの世界から引き上げられて、現実の世界で目覚めてしまいそうだ。
一瞬ちらりと何かが頭を過ぎったけれど、それがいったい何だったのかと考えることさえも億劫でできそうもなかった。

ふわり、ふわりと、体が空中で揺れる。
小さな風にも飛んでいってしまいそうだ。
ゆるゆると目を開き、何とか体を床につけようとしていると、部屋の扉が押し開かれて、部屋の主が入ってきた。
齢40を少しばかり越えたその男性は、聖母教の、えーと何て言うんだろう、教祖じゃないしなあ、指導者というか、まあそんな感じの何かである。難しいことはよく分からない。

私は、どこか疲れたようなその姿をぼんやりと見つめた。
そしてその彼は、ふと視線を上げて―――あれ、何か目が合った気がする―――、そうしてから目を見開いた。
まるでそれが合図だったかのように、私の体はべしゃりと床に落っこちたのである。

「あ、あいた……!」
腰うった、と痛みに悶絶する私を見つめ、扉の近くで彼は固まっている。
廊下から「榊様、どうかなさいましたか」なんて声が聞こえて、そうして彼―――榊様は、意識を取り戻したかのように「いや」と扉の外に向けて言葉を放った。
「何でもない。少し一人にしてくれ」
はい、と事務的な返事の後、廊下を歩く足音が続き、数秒も経たない内にその足音は遠くに消える。

そして私もやっと意識をはっきりとさせ、ほうと息を吐いた。
今日は見られるオプション付きか。
そう思った私の頭のてっぺんから爪先までを見つめて、榊様は悩ましげに吐息を漏らした。

「幸運なのか、不運なのか」
言って、彼はすっと手を私に差し出す。
私は「こりゃどうも」なんて言って手を取ろうとしたのだが、諦めた。
そうだ、今の私は幽霊(みたいなもの)なんだったと思い出したからである。
中途半端なところで止まった手を訝し気に思ったのか、榊様は少し強引に私の手を取った。

ふれた。

あれ?今日は見える、聞こえるだけではなく、触れられるオプション付きなのか。
きょとんとしながらそんなことを考えて、そして何となく嫌な予感がして、私はぴょんと飛び跳ねた。
すぐに地面に足が付く。
それを何度も繰り返し、榊様が「何をしているんだ、君は」と言葉を紡いだところで、私は真っ青になってこう言ったのだ。

「飛べない!」

それはまあ人間は飛べないだろうな、と榊様は呆れたようにして笑った。
これが、私の住む世界がくるりと反転した瞬間だったのだ。


 

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「ああ、まじで?!何でどうして飛べないの!」
ぴょんかぴょんかと飛び跳ねる私を、まるで新種の生き物でも眺めるように見つめる榊様は、「浮遊術が使いたいのか?」と首を傾げた。
「ふ、ふゆうじゅつ……浮遊術じゃなくて、いや、似てるんですけど」
「ここでは色々と制限されているからな。魔術を使いたいのならば地下の練習場に行かなくてはならないが」
「あそこは男くさいのでいいです。……ってそうじゃなくて!」
ハッと目を見開くと、榊様はまじまじと私を見つめ、呟いた。

「夜の女神は随分とお元気そうだな。世界から夜をなくしたほどだから、病にでも臥せっているのかと思ったが」
またそのネタか!と私は軽くショックを受けた。
もういいのだ。もういい。夜の女神ネタは十分。おなかいっぱい。
そんなことを思いつつ、「私、夜の女神じゃない」と首を横に振った。
私の言葉に榊様は驚いたように、何だかわざとらしく目を見開いて「まさか」と口元に笑みを浮かべる。

「まさか。双黒に、その身に纏うのは黒。しかも術のかかった部屋へといとも簡単に入り、宙に浮く。それでも女神ではないと?」
言葉と共に榊様はぱちりと指を鳴らした。
それによって扉にぼうっと淡い光で描かれた陣が浮き上がる。
これは鍵の代わりをする陣だ。その真ん中に手をぺたりとくっつけると、扉が開くという仕掛けになっている。
指紋云々じゃなくて魔力の波動云々ってやつらしいが、難しいことはよく分からない。

ああしかし、こんな言い方をされると、「あ・そうでした私が夜の女神でした」なんて言ってしまいそうになる。
けれど違うのだから仕方ないだろう。待ち望んだ女神様でなくて悪かったな、なんて思いながら、首を横に振った。
私の反応に榊様は少しばかり眉を顰め、では、と口にする。

「では何者だ?」
「い、いせかい、じん……?」

私の素っ頓狂な返事に、榊様は「本当に貴方聖職者なんですか」と思ってしまうような艶やかな笑みを浮かべ、なるほど、と頷いた。

「では異世界よりお越しのお嬢さんにいくつか質問をしようか」
言葉と共に、榊様は今にもダッシュで逃げそうになっていた私の腕をしっかりと掴んだ。
ギャー!セクハラー!なんて声を上げる暇もなく、次の言葉を囁かれる。
「双黒であることは今はいいとしよう。だがその服装は?それは誰の手によって作られたものだ?黒糸を扱えるのは王宮付きの店だけのはずだ。民は黒を纏うことができない。値段は勿論手が出ないほどだろうし、何より」
逃げ出そうとする私の体を腕の中に閉じ込めて、榊様は微笑んだ。
「王族および聖帝の騎士団に属する者以外が黒を纏うというならば、それは極刑に値するものだ」

極刑!と目を見開いた私に、榊様は「それとも」と笑みを深くする。
「それとも聖帝の騎士団に属しているというのかな?」
私が知っている限りでは聖帝の騎士団に女性は12人しかいなかったはずだ。その中に君の姿を見たことはないな、と付け加えられた言葉に、私は「ごめんなさーい!」と泣き声を上げた。

「ごめんなさいごめんなさいでも本当なんです私も何が何やらなんです本当にごめんなさい……!」
ふぎゃふぎゃと泣き出してしまった私を見下ろし、榊様はため息を吐く。
「泣かせるのは趣味ではないのだが、さすがにそのような理由で解放してやれないな。―――とりあえず泣くのをやめて、落ち着きなさい。話はそれからだ」
榊様はそう言って私をそっと近くのソファーに座らせた。
そうしてから部屋を見渡し、困ったように柳眉を寄せる。

「子供の扱いには慣れていないのだが」

ぽつりと呟かれた言葉に、「子供ではないのです謝罪なさい!」と言うべきなのでしょうか、神様。ついでに夜の女神様。
私はそんなことを思いつつ、やっぱりふぎゃふぎゃと泣き喚くのだった。






「……と、まあ、そういうわけです」
私が全て話し終えたとき、榊様はソファの上でゆっくりと足を組み、口を開いた。

「―――よくできた冗談だ」

やっぱりか!
私は信じてもらえないことに若干の憤りを感じたが、人の上に立っている人間がこんな馬鹿げたことを簡単に信じていたら、それこそとんでもない。
仕方ないか、と溜息を吐きつつ、私は「まあ、信じてもらえないのも、分かるんですけど……」とぽそぽそと言葉を口にした。
榊様は私の言葉に頷いて、だが、と視線をこちらに向ける。

「だが、君がヨルであるということは紛れもない真実で、鍵のかかっていたはずのこの部屋に居たのも事実だ」
榊様はそう言って腕を組み、とんとんと指先で腕を叩く。
何かを考えるような仕草に、私はやけに緊張した。
思わず背筋を伸ばして榊様からの何らかのアクションを待っていると、彼は私の頭のてっぺんから足の先までを検分するように見つめてくる。

「あ、あの?」
何かついてますか?そう言おうとした私を見つめたまま、榊様はゆっくりと口を開いた。
「君は異世界の人間で、けれどこちらの世界を夢に見ていた。そのときは誰にも気付かれなかった―――ああ、いや、ここ数日は姿が見られたり声が聞こえたり、触れることができたりはした。けれど今日、何が起こったのかはわからないが、」
そこで榊様は言葉を止めたので、代わりに私が言葉を継いだ。
「多分、こっちの世界に、来てしまったみたいなんです」

いつもの感覚とは全く違う。
すべてが鮮明だった。今まで見てきた世界も、それはもうリアルだったが、それよりもずっと、ずっと、こちらの世界で“生きている”感覚がする。
口では説明しにくいが、今までとは全く違っているのだ。
もうこの世界は私にとって夢の世界ではない。現実の世界となった。
その理由も原因も全く分からなかったが、それでも、これだけは確実なのだ。

榊様はふむと頷き、そうして綺麗な微笑を浮かべた。嘘みたいに整った笑みだった。
「では君にこの世界での居場所をやろう」
は?と口を開く。榊様は神々しいまでの微笑を浮かべたまま、ソファから立ち上がった。
そうして窓までゆったりとした足取りで歩み寄り、窓を押し開く。

そこに広がるのは見慣れた、けれど初めて見るような感覚もする、美しい街並み。
ファンタジー然とした街並みに感動を覚えたのは、中学のときだったか、もしかしたら小学生のときだったかもしれない。
それほどまでに長い間眺め続けてきた世界を、体で感じる。
陽光の暖かさ、眩しさ、肌を撫でる風の柔らかさ、風に乗る花の甘い香り。

榊様は美しい街並みに背を向け、私に顔を向けて、言葉を紡ぐ。
「この世界で生きていくために、私が用意できる限り、必要なものを全て与えよう」
その言葉は一見優しく聞こえたが、さすがに数年間こちらの世界を眺めてきた私には、それがただ優しいだけの言葉には聞こえなかった。
榊様は決して悪い人ではないと思うけれど、それでも、全てを信じてしまうことはできない。
人の上に立つ人間なら仕方ないのかもしれないが、綺麗なことばかりやっているわけでもないのだ。

彼は自分に何のメリットもないのに、こんな援助を申し出るような人間ではないだろう。
榊様の言葉を受けるか一瞬悩んだが、それでもおそらく、ここで断ってもあまりいい展開にはならないだろうということくらいは分かる。
下手したら本気で極刑に処されかねない。
私はぶるりと震え、それでも話を受ける前に一応聞いておこうと、口を開いた。

「……それに対する、榊様のメリットは、何なんですか?」
榊様は私の言葉に「ああ」と頷き、簡単なことだといわんばかりにはっきりとした口調でこう言った。
「今、我が家にはヨルがいない。だから何を対価にしてもヨルが欲しい、それだけのことだ」
榊様の言葉に、私は首を傾げた。

―――ヨルが、いない?

ヨルというのは本当にどこに生まれるのか想像がつかず、そのたいていは勿論平民から生まれる。そりゃ、平民の方が貴族よりも数が多いのだから当然のことだろう。
よって、国はヨルが生まれたと聞けば大慌てでそのヨルを引き取りに、もしくは買い取りに、もしくは奪い去りに来て、そして王宮に召し上げる。
そうしてその子供が6歳の誕生日を迎えた日に、尋ねるのだ。

どこの家の養子になるかと。

6歳の子供に何ていう質問をするのだと心底疑問に思うが、実際これはあまり行われておらず、たいていが金のある貴族がヨルを買い取るらしい。
まあその子が絶対にならぬと言えば破談になるだろうが、6歳の子供を丸め込むことなど簡単なこと。ということで、ヨルは国と貴族の間で簡単に取引されている。動くお金は相当なものらしいけど。

どれだけお金を積もうと一つの家が囲えるヨルは一人だけで、それでもヨルという存在は大貴族くらいしか手に入れることができない。
何でそんなにヨルが欲しいのかと言えば、ヨルはなかなか手に入らない宝石のような存在であるからでもあるだろうし、そしてヨルが高給取りでもあるからだと、私は思っている。
そうなのだ。ヨルというのは給金が物凄い額なのだ。
同じ職についていようが、その髪や瞳の色が黒だというだけで給料がぽーんと2倍程度に跳ね上がる。
この国の悪いところだと、私は心底思うのだが、どうにかならないのだろうか。もうちょっと別のところにお金を使えばいいのに。

貴族同士のヨルの取り合いも凄いが、国の間のヨルの取り合いも、それはもう物凄い。
どの国も自国で発見されたヨルは勿論自国のものにしようとするが、なかなかうまくはいかない。
私が今居るダイヤモンドパレス、その所在国はアクイローネだが、このアクイローネが抱えるヨルはどの国よりも多い。それは偏にこの国が豊かであるからだろう。
貧しい国に「金をやるからヨルを寄越せ」と、半ば恐喝のようにしているのを私は何度か目にしたことがある。
将来的に考えればヨルを他国に売り払うより自国に置いておいた方が利益になるのだが、そんなことを考えられる余裕のない国も存在しているのだ。
かくして豊かなアクイローネは更に豊かに、他国は更に貧しくなっていく、という超悪循環が起こっていると、そういうわけである。


さて、話が脱線してしまったが、榊家と言えばアクイローネの首都に屋敷を持ち、数代変わらずに聖母教の司教を務める家柄で、お金が入ってこないはずがない。
王都付近に広大で豊かな領地も持っているし、信者から個人的に届けられる金品の類は、それはもう物凄い額のはずだ。
そんな榊家は、勿論ヨルを囲っていたはずである。というか彼がヨルを囲わずに誰がヨルを囲えることができるのだと言うほど権力とお金のある家のはずだ。

だからこそ榊様の「今我が家にはヨルが居ない」発言を、私は心の底から疑問に思ったのだった。

 


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