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毎日繰り返されるつまらない日常。
そしてその日常とは相反する不思議な世界。
私は今夜もその不思議な世界の見学を楽しむ予定だった。
夕飯を食べてシャワーを浴びてパジャマを着て、そしてベッドに潜り込む。
目を覚ませば、夢の中の不思議な世界。
科学の力の代わりに魔術が使われる世界。
―――その世界は、名を”アルバ”といった。
さて今日はどこで目を覚ますのかしらと思い目を開ければ、視界いっぱいに緑が広がった。
『わ、』
すごい、綺麗。
視界いっぱいに広がる森は、以前夢見たドラゴンの眠る森などではなくて、また別の森のようだった。
―――へえ、いったいどこの森だろう。
深い深い森の奥。数キロメートル先には小川。そして目下には大きな木があって、白い花を咲かせていた。
何となくその木が気になってふわりと近くに降り立つ。
そうして、あ、と呟いた。
『闇騎士か』
今日はこの人にするか。レディ・ローズの方が良かったけど、なんて思いつつ、ふよふよと木々の間をくぐり、彼の傍に着地する。
それにしても、何でこんなところにいるんだろう。
たしか一昨日あたりに見た夢で、魔物退治にでかけたとか何とかレディーローズが心配してたような気がするんだけど。
(私の時間とこの世界の時間はぴったり同じで、昨日のすぐ続きとか、1年後になっていたりすることは無いのだ。つまり私にとっての一昨日は、こちらの世界にとっても一昨日ってことなのである)
たった3日で帰ってこれるような距離ではなかったはずだけど、と首を捻る。
最低でも片道5日。たしか誰かがそう言っていたはず。すると、ここはまだ途中だよなあ。
ううん?と脳裏に思い浮かべたのは、この世界の地図だ。
王都から、彼の故郷であり魔物が出没したヴェルディアまでの道のりで森は、一つだ。
しかし随分と横道に逸れてしまってないか?
『おかしいな』
まさか魔物がこの辺りにも出没したとか?
首を傾げながら、私は彼を凝視した。
泥のこびりついたブーツも騎士服も彼の髪と瞳に合わせたかのような漆黒だ。
綺麗な顔のつくりをした闇騎士は、大きな木の幹に寄りかかり、死んだように眠っていた。
さわさわと平和に揺れる木の葉とは相反するように、彼の腕や足には刃物で切られたらしい、血の滲んだ部分がある。
思わずぎゅっと眉根を寄せた。
『……怪我、してるの?』
誰に言うとも無くぽつりと呟いた言葉に、闇騎士はふうっと目を開けた。
まるで、私の声に気付いたかのように。
そんなことあるはずないか、と思いなおしたものの、彼は薄らと目を開けて、そうして私の姿を見止め、―――微笑んだ。
恋人であるレディローズに向ける微笑みよりも深く、深く、安堵したように。
ぎょっとした私の正面で、闇騎士はこほりと小さく咳き込んで、そうしてその漆黒の瞳を私に向ける。
「なるほど―――冥界への道へと案内してくださるのか、」
言って、彼はまるで母を見るような瞳をして、そうして、そっと口を開いた。
「夜の、女神」
彼が口にしたのは、この世界の御伽噺に出てくる美しい女神だ。
金色の髪と紅茶色の瞳を持つ美しい陽の女神と並んで登場する女神で、漆黒の髪と漆黒の瞳をもつ。
そのとても美しい女神の名を、私に向かって紡ぐとは、なかなか見る目があるじゃないか。と私は満足げに頷いたのだった。