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いわゆる夢小説。しかし名前変換が無い。そしてファンタジー。
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昼間に選んだドレスを身に纏い、髪を纏め上げられ、軽くお化粧までされてしまった私は、出来栄えに十分満足していた。
特別すっごい美人、というわけではないが、それでもフォーマルな場に立てる程度には小奇麗にしてもらえた。
ドレスのおかげもあってか、桜乃など「お綺麗です、女神様……!」と涙を流しているし、女神様呼称に戻っている。
朋香は朋香で「本当にお綺麗です!」と興奮した様子だ。

いやだな、照れるなぁとにやつきつつ、それにしてもと首を傾げる。
榊様は夕刻の鐘が鳴ったら迎えに来ると言っていたはずなのに、もう30分ほど前にその鐘は鳴ってしまった。
それなのにまだ来ないとは、いったいどういうことだと不思議に思いつつソファに腰掛ける。

仕方ないし、とりあえず本でも読んでいるか、と読みかけの本に手を伸ばしたとき、細く高い悲鳴が廊下で上がった。
明らかに女性の悲鳴だろうそれは、転んだときなんかに出るようなものではなくて、何かとんでもなく恐ろしいものに遭遇したとき―――たとえば幽霊とか―――の声のようで、私たち3人は思わず顔を見合わせた。

しかも、次いで男性2人分の怒声と、ばたばたと騒がしい足音が聞こえる。その足音はこちらに向かってきていて、私たちは更にぎょっとした。
そうして、ばん!と戸が叩かれるのと、キイン、と高い金属音が響くのは同時のことだった。

「助けて!」

切羽詰ったその声には聞き覚えがある。レディローズのものだ。
「お願い、助けて!」と二度目の声が上がる間に、おそらく彼女の騎士だろう男性が“誰か”と剣を打ち合いながら、「何のためにヨル狩りなど!」と怒声を上げる。

ヨル狩り―――その単語に、私は思わず息を呑んだ。
桜乃の顔色がさあっと青くなり、朋香はひっと喉を引き攣らせる。
対する相手の返答は無く、ただ高い金属音を上げて剣を打ち合う音だけが聞こえる。
レディローズはこちらに向かって再び「どうか!」と悲鳴のような声を上げた。
その悲鳴に、何かを考えるより、体が先に動いた。ばんとドアを開き、肺いっぱいに息を吸う。
そうして、今まさにレディローズに向かって剣を振り上げた悪漢に向けて、“言葉”をあらん限りの声でぶつけた。

「剣を捨てろ!」

“言葉”は力となって、全身黒尽くめの悪漢―――って、ちょっと、黒は王族とヨルにのみ許された色じゃなかったっけ?―――の手から剣を弾き飛ばす。
突然現れた第三者に、助けを求めていたはずのレディローズもお付の騎士も目を見開いていたが、一番驚いたのは剣を手から落とされた悪漢だった。
しかし正気に戻るのが一番早かったのもその男で、何か一言二言を呟くと、待てと止める間もなく消え失せてしまう。
ダイヤモンドパレスと違い、王宮にはほとんどの魔術に制御が掛かっていないせいで、その男は一瞬の間に姿を消してしまった。

いや、でも、いくら制御なしといえど、移動系の魔術なんてこんなに簡単に使えるものじゃないはずだ。魔法陣があればまだ比較的容易に使えるかもしれないけれど、そんなものも無いし。
でも姿を透明化するなんて魔術は今のところ無いはずだし……あっ、でも待てよ。この前榊様からもらった指輪みたいに、装飾品を使えば魔術を発動させるための魔力を溜めておけるし、言葉の短縮もできたはずだ。ということはやっぱり移動系の魔術か?なんてことをつらつらと考えていると、「女神様―!」と桜乃が飛んできた。

そうしてからぱたぱたぱたぱたと私の体を触り、「お怪我は!」と蒼白になりながら叫ぶ。
「無い」と一言で告げると、桜乃は「良かったですー」と床に座り込んでしまった。
朋香は朋香で「お一人で前に出ないでください!私も桜乃も女神様ほどではありませんがそこそこの魔術は使えます!」と真っ青になりながら叱りつけてくる。
その二人に「大丈夫大丈夫」とぷらぷら手を振って、こちらを見つめたまま茫然としているレディローズに手を差し出した。

「怪我はないですか?」
「―――め、女神様……?」

そういえばこちらの世界で実体化してしまってから初めて見たレディローズは、そう呟いてから、気を失ってぱたりと倒れた。
……そういえばこの前教会で会ったときも最後は気を失われたような気がする、と私はまだこの世界が夢の世界だったときのことを思い出し、こっそりため息を吐いた。
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さて、レディローズが倒れている間に、数日前から行われている魔術教室についての記憶を掘り起こしてみようと思う。
魔術、と言われて想像するのは、何かよく分からない原理で働く便利な力、みたいな感じではないだろうか。
少なくとも私のイメージはそんな感じだった。

しかし、たとえばボタン一つ押すだけで動く洗濯機も電子レンジも、内部では色々とすごいことが起こっているのと同じように、魔術もそれほど単純なものではなく、割といろいろな制約だの何だのがあったりする。
まあその辺をうまいこと説明するのは私では無理なのだけど……と思いつつ、榊様の言葉を思い出した。


「そもそも魔術を使うために必要なのは、身の内に在る魔力と、それから意志だけだ」

それは知ってる、と私は頷いた。
しかも魔力っていうのはほとんど全ての人が僅かなりとも体内に有していたはずだ。
つまり、この世界では誰もが魔術を使おうと思えば使えるのである。
けれど、その量が少なければやっぱり扱い難いし、たいした魔術を使えない。
しかも、「こうしよう!」という確固たる意志とやらが必要らしいのである。

つまり、火をおこすのが面倒だから魔術で火をおこそう、っていうのは、逆にすっごく面倒だったりする。
何で「火をおこそう!」なんて、全力で思わなくてはいけないのだ。よっぽどの非常事態でもない限り、そこまで強くは思えない。
まあその代わりに火打石に似た誰でも使える魔術道具みたいなのがあって、それをかちんと打ち合わせれば容易に火をおこせたりするのだけど。


最初は榊様のいう“身の内に宿る魔力”とやらが全く感知できず、何度桜乃に「そんなものは私の体内に入れた覚えは無い」と言ったか分からない。
けれど桜乃は「あります!絶対にあります!」と言って聞かず、何度も何度も、それはもうしつこいくらいに魔力の引き出し方について説明してくれた。

「女神様、魔力の根源はここ、胸の真ん中の辺りにあるんです。そっと胸に手を当ててみてください。きっと分かりま―――ああっ、女神様!諦めないでください!寝ないでください!」

そんな桜乃の言葉を理解できたのは、ええと、ものすごい生理痛が襲ってきたときだった。
普段はあまり生理痛に悩まされる体質ではないのだけど、環境が変わったからなのか、そのときの生理痛はもう死ぬかもしれないというほどの痛みだった。
その痛みを耐え、ベッドで休んでいたとき、私は少しでも下腹部の痛みが取れるようにと自分の両手をお腹に当てていたのである。痛くない痛くない痛くない、その言葉に念を込めて脳内で繰り返していると、何だかだんだん手がほわっと暖かくなり、その熱がお腹にも伝染しだしたのだ。

手が温かくなった、お腹も温かくなってきた、と気付いてからわずか数分の間に突然下腹部の痛みは過ぎ去り、私はベッドから起き上がることができたのである。
さっきの昼食に薬でも仕込まれていたのかと不思議に思いつつ、湯たんぽの準備をしていた桜乃に尋ねた。

「何か傷みが収まったかも。薬でも盛った?」
「お薬はお持ちしておりませんが……あああっ、女神様、治癒魔術を!治癒魔術を使われたのですね!すごいですすごいですすごいです!治癒魔術は高等魔術の一つですよ!わー!すごいです、さすが女神様ですー!」
「い、今のマインドコントロールみたいなのが魔術なの?」

驚いたのも束の間のことで、桜乃は「今の感覚を忘れない内に魔術を使ってみましょう!とりあえずあちらの花瓶を浮かせてみるなんて如何でしょうか!」と初めて水の中に潜ることができた子供に「じゃあ次はちょっとクロールでもやってみようか!」とでも言うように笑顔になる。
花瓶を浮かせるなんてできるかー!と思ったが、さっき自分に言い聞かせたように「浮け、浮け、浮け」と何度も念じていると、花瓶はかたかたと震え始めた。

ひえー、ポルターガイストみたい!と思いつつ、心の中で「浮け!」と念じ続けると、花瓶はふらふらしながら空に浮き始めた。
最初はすぐに落としてしまったが、桜乃に「きゃーさすが女神様!」「すごいですすごいですー!」と煽てられて練習している間に、何だかコツを掴んできた

どのようなコツかといえば、とにかく強く思う、としか言いようがない。
しかし本当にそうとしか言いようがないのだ。
強いていうなら、花瓶さん浮いてください!とお願いするのではなくて、空に雲が浮かぶように、鳥が空を飛ぶように、当然花瓶は浮かなくてはならない、と自分に言い聞かせるようにするとうまくいく……ような気がする。


ということで、桜乃による魔術講座から数日。
私はそこそこの魔術を扱えるようになっていた。
たとえばどんな、と言われると、まあ様々としか言いようがないんだけど……。
しかし、その様々が本当に様々すぎて、私はこっそりと「これは困ったことになった気がする」と悩んでいた。
というのも、そもそもこの世界では不思議な力は総じて魔術と呼ばれるが、その中にも色んな系統があるのである。

大きく分けると精霊術、魔法、法術、だろうか。
細かな説明をしようとすると、とんでもなく大変なのでそこは省くとして、簡単に説明することにする。

たとえば何か物を浮かせようとしたときに、風の精霊に頼めば、それは精霊術。
自分の身の内に宿る魔力を使い、念じて動かせば、それは魔法。
そして魔術具を使い、大気中に漂う魔力の素みたいなものを取り込んで、念じて動かせばそれは法術と呼ばれている。

最後の2つはよく似ているが、魔法は魔術具みたいな道具なしでも自分だけの力で発動できるところがメリットで、自分の持っている魔力分しか力を使えないのがデメリット。
法術は大気中の魔力の素を使うので、その分だけ大きな力を使えるのがメリットで、高い魔術具が必要だったり、大気中に魔力の素が少ない場所なんかもあるので、そういうところでは力を使えないのがデメリット。

まあ、魔術師と呼ばれる人間はたいてい後者二つとも場合に応じて使い分けることが多いみたいだ。
しかし、この二つに比べ、精霊術はちょっと特殊だったりする。
というのは勿論、精霊と契約をしなくては使えないものだからだ。
しかも、四大元素、つまり火、水、地、風のどれか一つと契約してしまうと、もうほかの属性の精霊とは契約できないことが多い。
まあ、火と風、水と地のペアならどうにか契約できるらしいし、実際に二重の契約を結んでいる人も居なくは無いんだけど。
たとえば杏様は火と風、どちらの精霊とも契約しているし。

精霊術は自分の魔力を一切使わずに力を使えるけれど、たとえば火の属性の強いところみたいなのがあって、そういうところでは水の精霊の力は一切使えなかったりする。
契約するのも大変らしいし、下手すれば契約しようと思って精霊を呼び出して死ぬ、なんてことも少なくは無い。
ということで、超ハイリスク・そこそこリターンな精霊術は術者がかなり少ない。
使いこなせれば強大な力を得られたりもするけど、まあ私はおそらく今後精霊術は使わないだろうなあ。契約失敗するの恐いし、なんて考える。



と、魔術の授業に明け暮れた日々を思い出しつつ、溜息をひとつ。
すると、部屋の空気がさわりと不安気に揺れた。
誰が揺らしたのか?そんなの、ずっと一緒にいて私の姿に慣れた桜乃や朋香のはずがない。
では誰かといわれれば―――

「そんなにビクビクしなくても、別に何もしませんよ。怒ってないし」

くるっと後ろを振り返ってそう言ったけれど、レディローズのお付きの騎士は緊張をほぐすことはなかった。
取って食べたりしないのに、と思いつつ、レディローズが横たわるベッドを見やる。

結局あの後、気を失ってしまったレディローズは私の部屋に運び込まれた。
レディローズの部屋は遠く、その間にまたヨル狩りに会わないとも言い切れないからだ。

だって、ヨル狩りをする人間を見た人なんて今までに一度もいなかった。
ヨル狩りの顔を見た人、というのは、それ即ちヨル狩りに殺された人、ということだから。
ああ、ちっとも嬉しくないけれど、どうやら私たちは初のヨル狩り目撃者となってしまったらしい。

「やっぱり目撃者は消しに来るのかなぁ」
恐すぎて泣ける、と溜息を落とせば、レディローズお付きの騎士がぎょっとするのを感じた。
しかし声までかけてくることはない。珍獣にでもなった気分だ。

ああ、榊様、早く着てくれないかな。もうこの空気疲れた。
そう思いつつぐっと伸びをしたところで、絹が引き裂かれるような細い声が、私のベッドの上で上がった。
そうして跳ね起きたレディローズは、当然この状況が理解できないようで、ふるふると辺りを見渡した。
どうやらお目覚めらしい。桜乃と朋香が慌ててかけより、ローズ様、と声をかけている。

彼女の騎士たちもベッドに駆け寄ろうとしたが、さすがに寝起きの女性に近づくのは躊躇われたらしく、体調を気遣う言葉だけが投げかけられた。
レディローズは自分の騎士の姿を見つけて、ほっと安心したように息を吐く。
しかしその顔色はまだお世辞にもいいとは言えない。
ベッドから立ち上がろうとしたけれど、さすがにそれは止められ、レディローズはベッドに入ったまま、潤んだ瞳でこちらを見つめた。

「女神様―――」
やはりその呼称か!まあレディローズには私が幽霊姿のときも見られているし、これはちょっと言い訳しにくい。
何てごまかそう、なんて考えていると、レディローズは深く、深く、頭を下げた。

「女神様、本当に……本当にありがとうございました。これで二度も、わたくしの命を救っていただきました……!」
「え、わ、や、いいです!そんなことしなくて!頭を上げてください!それに2回もそんなことしてないですし!」
さっき一回助けたくらいで!と慌てて口を開くと、レディローズは「いいえ」と大きく頭を振った。

「いいえ、女神様。たしかに二度、助けていただきました。二度目は今ほどの悪漢から。そうして一度目は先日、わたくしの命より尊い、大切な方を」

―――ああ、闇騎士のことを言ってるのか。
ようやく納得したが、闇騎士の方は私がどうこうしたわけではない。
私が彼を発見したときは、すでに騎士団によって救出された後のことだったのだ。
だからそんなに頭を下げなくても!わたわたとレディローズに近寄り、深く下げられたままの頭を上げてもらおうと、肩に手を置く。

「そんな、たいしたことはしてないです。だから顔を上げてください。お願いします」
私の声に、レディローズはゆっくりと、戸惑うように顔を上げる。
その漆黒の瞳は潤み、女神様、と零された呼称はおそらく感激で震えている。
レディローズの白い手は私の手をそっと包み、本当に、と言葉を紡いだ。

「本当に、本当にありがとうございます。わたくしは今後一度たりとて貴女様を疑うことなく、そのお声に耳を傾け、命じられれば何とでも致すことを誓います」
まるで聖書の一下りでも読まれたのかと思った。そのくらいに美しい声で誓いの言葉を口にされ、私は一瞬ぽかんとした。

え、何だって?

この美しい人が美しい声で何を言ったのか理解できず、今の言葉を反芻して、「いいえそんな!」と悲鳴のような声を上げた。
レディローズの言葉に、桜乃と朋香は不思議そうな表情をしている。
そりゃそうだ。彼女たちにとっての私は
"双黒で女性のヨル"というだけで、さすがに本気で女神様だとは思っていない。

桜乃は今も若干私のことを女神様扱いするけれど、そして私が「実は本当に女神様なの!」とか言ったら本気で信じそうだけれど、今のところ本当の本当には私が女神様だと思ってはいないはずだ。多分。
それなのにレディローズの態度といったら、本当に私のことを女神様だと疑いもしていないようなのだ。

二人は不思議そうに顔を見合わせ、首を傾げた。
このままにしておくのはまずそうなので、レディローズに握られた手を私も握り返し、あのですね、と緊張した面持ちで口を開く。

「私は、女神様じゃありません。普通の人間で、貴女と同じ、ヨルです」
一言一言を区切り、はっきりした口調でそう言うと、レディローズは不審気に眉をひそめた。
困惑、という言葉が一番相応しいかもしれない。

「ですが、教会でお見かけしたときは」
「勘違いではありませんか?私、ローズ様と会話するのは、今が初めてです」
「ですが―――」
「私は女神様じゃありません。そういうことを人前で言われると、少し困ります。ただのヨルの分際で女神様なんて恐れ多い名前で呼ばれては、周囲の者にいい顔をされませんから」

なるべく丁寧な口調を心がけたつもりなのだが、ううむ、難しい。
とりあえずその呼び方はやめてくれと言いたかったのだけど、ちゃんと伝わったのだろうか。
レディローズは私の言葉にそっと頷き、承知いたしました、と言葉を紡いだ。

「ですが、先程助けていただいたのは事実です。どうかわたくしに、お礼をさせてください」
「そんなたいしたことは」
「いいえ。貴女様がいなければ、きっとわたくしは今頃亡き者にされていたでしょう」

それはまあたしかに、その可能性は否定できないか。
まあお礼くらいなら、と思った私は、まあ後日菓子箱でも贈られてくるのかなぁなんて軽く考えた。
そう、このときはまだ、レディローズの言うお礼がどんなものなのか、さっぱり分かっていなかったのだった。

そうしてレディローズのお付の騎士その1がレディローズの護衛のため、騎士十数人を連れて部屋に戻ってきたとき、ちょうど榊様も部屋にやって来た。
今日の榊様は(おそらく)正装しているらしく、いかにも聖職者っぽい白の長衣を身に着けている。
詰襟と袖、それから踝を覆うほど長い裾に銀糸で刺繍が入ったそれは、一目で分かるくらい高価そうだ。

「遅れてすまない。会場の準備がなかなか整わず―――、レディローズ?」

部屋に入るなり、開口一番そう言った榊様は、レディローズを視界に入れた途端僅かに目を見張る。
何故レディローズが此処に?と視線で問われ、私は「ちょっと色々あって」と呟いた。
後で説明する、と心の中で付け加えたのが聞こえたのか、榊様はそれ以上追求しようとはせず、部屋の外に控えている騎士たちにレディローズを引き渡した。

当然のことかもしれないが、レディローズは今日の前夜祭は諦め、部屋に戻って休むようだ。
レディローズに丁寧なお礼をされ、私も出来る限り丁寧に頭を下げて、彼女を見送った。
そうして彼女たちが部屋を出て、榊様と私、それから桜乃と朋香だけになった途端、榊様は「どういうことだ?何故レディローズが此処に居た」と私を見下ろした。

「えええと、ご説明いたしますと……」説明を終え、口を閉じる。
「あれほど人前に出るなと言ったのにまだ理解できていなかったのかこの低脳」とでも罵られるかと思ったが、榊様は予想に反して「そうか」と頷くだけだった。

「……怒らないんですか?」
「怒る?何故?というか私は叱ったことはあっても怒ったことはないはずだが?」
「そうですねすみません!えー、だって榊様いつも人に顔を見られるなって言うし、だから今回もおこ、じゃなかった叱られるかなと思ったんですけど」
「ああ、まあたしかに女神の頭の足りないところは常に不安に思っているが、どうせもうすぐに顔見せだ。まあ、構わないだろう」

さようですか、と頷く。
何か今ちょっと悪口が入らなかったか?と思わなくもなかったが、まあ我慢しよう。

「それに、レディローズに恩を売ったのなら、悪いことにはならないだろう。彼女は様々なところに顔が利く。それで―――ヨル狩りの顔は見たか?」
「ううーん、いや、全然。だいたいの背格好くらいなら分かりましたけど、身長が170センチくらいで、そんな太ってるわけでも痩せてるわけでもなく……中肉中背というか。でも、黒い服を着てたので、布屋さんに何かツテでもあるんですかね」

黒糸や黒布を扱えるのは限られたお店だけで、売り先も限られた人間だけのはずだ。
少数しか許されないその色を、ヨル狩りは身につけていた。
どうやって手に入れたのか、皆目検討もつかない。
まさか王族とかどこかの貴族がけしかけてるわけでもないよねえ、まあ可能性は否定できないかぁ……ううーん、分からない。

榊様も考えている様子だが、やはりこれだけのヒントでは犯人探しなどできるはずもない。
早々に見切りをつけて、まあいい、後で考えることにする、と言葉を紡いだ。


「では、行くか」
すいと手を差し出され、ついに、と緊張しながら手を重ねる。

―――今日この日から、ついに私は“ヨル”になる。
世界中の人々が希う夜を体に宿す、畏怖と尊敬の対象に。

今まで榊様と桜乃と朋香しか私を知らなくて、彼らも十分私をヨルとして見ていたけれど、今後はもっと多くの人が私を通して夜を見るのか。
途轍もなく面倒で、苦労するだろうということは容易に想像がついたけれど、とりあえず溜息ひとつだけで我慢しておくことにする。

ああ、神様、夜の女神様。どうか私の今後の生活が、なるべく目立たず気楽にやっていけますように。

私は心の中で祈りを捧げた。廊下にはほとんど人通りがなく、私と榊様の靴音しか聞こえない。
大きなガラスの嵌められた窓から外を見やると、相変わらず太陽が空の中央で輝いている。
一応、時刻で言えばもう夕方を過ぎたところで、晩御飯の時間くらいのはずなんだけど。
未だ慣れない、常に明るい空を見つめていると、隣を歩く榊様から名前を呼ばれた。
ふいとそちらを見上げれば、榊様は「言うのが遅れた」と前置きをしてから、口を開いた。

「よく似合う」
予想外に優しい表情で優しい声でそんなことを言われたものだから、私は一瞬言葉の意味を理解できなかった。
「へ?」
と間抜けに答えれば、榊様は「よく似合う、と言ったんだ」とご親切にも言い直してくれた。

二度繰り返されたおかげでようやく今のは褒め言葉だったのか、と気付き、「どうも」と頭を下げる。
榊様に褒められたのって初めてじゃないだろうか。
いつも叱られてばかりの気がする、と今までの会話を振り返っていると、榊様は何か悪いものでも食べたのか、それともすでに一杯ひっかけた後なのか、柔らかな口調で更に言葉を紡ぐ。

「黒髪にこの色のドレスは重いし地味かと思ったが―――本当によく似合う。夜空のドレスと、流れ星の髪飾り。本当に夜の女神のようだな」

どうしたんですか本当に!どこに頭をぶつけたんですか!
私は榊様の頭を真剣に心配した。

「さすが私が選んだドレスと髪飾りだけある」
……やっぱり榊様は榊様だった。
そうですね、本当に榊様のセンスは素晴らしい、神がかってますね、私みたいなちんくしゃでも少しはマシに見えるようになりました、と遠い目をする。

榊様は私の様子にくつくつと笑いを零した。失礼な人だ、まったく!
そうして、ひとしきり笑った後で、榊様はぴたりと立ち止まった。

「榊様?」

おそらく目的地であろうホールはもうすぐそこのはずだ。
ホールから零れているらしい、賑やかな音楽が聞こえてくる。
どうしたんですか?と首を傾げると、榊様はすいと私の髪を一掬いして、かすかに唇を笑みの形にした。

「さて、女神?自分がどういう人間か覚えているな?」
「ああ、私の過去設定ですか?覚えてますよ。ひとーつ、生まれ育ちは一切記憶にありません。ふたーつ、ついひと月ほど前に、ダイヤモンドパレスの脇の森の中の泉の傍で目を覚ましました。みーっつ、それからは榊様にお世話になって生活しています。―――両親も故郷も覚えていないのです、思い出そうとするとつらく、胸が張り裂けそうになるので、どうかこのお話はあまり口にしないでくださいませ。でないと私……ううっ」

最後に泣き真似までつけると、榊様は「それでどうにか乗り切るしかない」と頷いた。
あまりに無茶すぎる設定じゃないかと思うし
、実際にあるわけないのだけど、榊様は「変にどこかの地名を挙げれば、そこの領主が自分の権利を主張しだすかもしれないだろう。その点ダイヤモンドパレスなら、権利を示せるのは私だ」と艶やかに笑っていた。

……さすが、悪いことはいくらでも思いつけるんだなぁと感心したのは記憶に新しい。
ていうか、何かもっと可能性のある過去をでっち上げた方がいいんじゃないかと思ったのだが、そうすると今度はいつボロが出るのか分からないからダメだと言われてしまった。たしかに。
だから、それならいっそ記憶はない、目覚めたらダイヤモンドパレスにいた、もう何も聞くな、と言えばどうにかギリギリ乗り切れるんじゃないかという話にまとまったのである。


榊様とロールプレイングトレーニングまでさせられ、もうどんな質問をぶつけられても大丈夫!(分からないふりをするという意味で!)と言い切れるようになった私は、だから榊様に向けて「もう完璧に覚えましたから大丈夫ですよ!」と笑顔を浮かべた。
それならいいのだが、と榊様は訝しげな表情を浮かべる。
そうしてから、榊様は今度は真剣な表情で口を開いた。

「―――覚悟はいいな?」
たった一言だけのその言葉は重く、込められたすべての意味を思えば溜息しか出なかったけれど、それでも私は頷いた。

「どの道逃げられませんから」
この世界で生活していかなくてはならないのなら、榊家のヨルになるのが一番いい。
これだけ大きな後ろ盾があれば、妙な輩に妙なことをされる可能性はぐっと減るからだ。
榊様はこの期に及んで僅かに迷いを見せている。珍しいその表情に、私は小さく笑いを零した。

「今、私が『嫌だやっぱりやめる!』って言ったら解放してくれるんですか?」
そう尋ねると、榊様は一瞬目を見開いて、最後には笑った。

「たしかに、それはそうだ」
そう言って、僅かに乱れていたらしい髪をそっと撫でられた。
「私が護れるところでは護ってやろう。だが、私とて力の及ばない場所は多くある。―――だから、女神、なるべく多くの味方を得ろ」
そんなこと簡単に言われても、と眉を寄せる。
榊様は私の皺の寄った眉間に指を置き、艶やかな薔薇の微笑を浮かべて口を開いた。

「笑え、女神。少なくとも眉間に皺を寄せているよりは味方が付きやすい。ここから先は、どんな相手にも負の表情を見せるな。不快なことがあっても笑っていろ。後でいくらでも話を聞いてやる」

常に笑顔か、顔の筋肉大丈夫かな……
そう思いながら、それでも「はい」と頷いてみせた。

私の頷きを確認して、榊様は「いい子だ」と笑う。
そうして再び、私たちはホールへ向かって歩き出した。


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