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桜乃が変な男にちょっかいを出されている、そういう話を聞いた翌日のことだった。
今日も今日とて部屋でごろごろしていた私は、窓の外で騒がしい声を聞いた。
本当はこの部屋にも防音処理を施すとか施さないとかいう話になっていたのだが、以前の火事のときはその防音処理のおかげもあって、あれほどの事態になるまで気付かなかったのだ。
ということで、この部屋にはそういう無駄なものは施さないようにしてくれたらしい。
ああしかしうるさいな、人が昼寝しようとしているときに、と目を擦る。
しかも何かこの声聞いたことあるような、なんてぼんやりとした頭で考えた。
「……朋香?」
もしかしてもしかしなくても朋香の声のような気がする。
何?どうしたの?何かあったの?なんて考えつつ、そろそろと窓の方へ近寄り、やっぱりそーっとカーテンを開く。榊様に散々注意され、桜乃と朋香にも散々懇願されたせいか、人に見られないかなとちょっと心配になった。
カーテンの隙間から差し込む陽光に一瞬目が眩んで、それでもすぐにその明るさに目が慣れる。
どれどれと目下の庭を見下ろすと、声で想像できた通り、朋香がいた。
どうやら誰かを庇いつつ男性と対峙しているみたいなんだけど、いったいどうしたんだろう。ぎゅっと目を凝らして、木々の間のその“誰か”が誰なのかと考える。
「ですから!桜乃はまだこれから仕事があるんです!お茶の相手なんてできません!」
あ、庇っている誰かは桜乃だったのか。納得しつつ、ぽんと手を打った。
朋香の高い声は遠くからでもよく聞こえる。対峙している男性の声はほとんど聞こえないのだけど、朋香の声だけで判断するに、どうやら桜乃がどこかの馬の骨に言い寄られているらしい。そして朋香が断っているらしい。
桜乃も自分で「忙しいって言ってるでしょさっさと失せろ!」くらい言えればいいのだけど、そんなこと言えないのが桜乃の可愛いところなのだろう。
しかし、相手はいったい誰だ、と目を凝らす。
男の癖に日焼けが気になるのか、日傘まで差させたその男の顔を見ようとするけれど、鉄壁の日傘ガードでなかなか見えそうにない。
どうしようかと悩んだけれど、お世辞にも丁寧とは言い難い強さで桜乃が傍仕えの男性に腕を引かれたとき、さすがに黙っているわけにはいかずに、「桜乃!」と大きくその名前を呼ぼうとしたそのときだった。
さ、の形に開けた口を大きな手で塞がれ、代わりに低い声がぴしゃりと空気を打った。
「何をしている」
張り上げたわけではないけれど、よく通るその声は何を隠そう榊様のものだ。
榊様は私をぐいと押しやってから「桜乃、朋香、頼んであったものはどうなった」とあくまでも二人の主人としての態度で二人の名前を呼んだ。
朋香は榊様の意図をきちんと理解したらしく、「申し訳ありません!」と高い声を上げる。
「申し訳ありません、只今!」
行くよ桜乃!という朋香の声が耳に届いた。
榊様は桜乃に言い寄っていたらしい誰かに一言二言まったく心のこもっていない謝罪の言葉を投げかけて、窓を閉めてカーテンを閉めた。
そして。
「さて、たまには“女神”のご機嫌伺いでもと思ったが―――説教の方がよさそうだな?」
久しぶりの女神呼びと、その艶やかな微笑みに、私は口元を引き攣らせながら「ごめんなさい」を告げる。
しかし勿論というべきか、その「ごめんなさい」で榊様の気が済むわけはなかったのである……。
ということで、私と桜乃と朋香は、3人仲良く並んで榊様のお説教を受けていた。
ぴしゃりぴしゃりと飛んでくる言葉は厳しく、桜乃など大きな眼に涙をいっぱいに浮かべている。
朋香もそれなりに神妙な表情だ。
私も頑張って真剣な表情を浮かべようと思うのだけど、さすがにちょっと長すぎるんじゃないだろうか。
うぐぐとあくびを噛み殺したところで、榊様から「聞いているのか」と、ぴしゃり、言葉の鞭が飛んだ。
慌ててはいと頷き、榊様を見上げる。
榊様は若干眠りかけの私と、泣き出しそうな桜乃と、侍女の鏡らしく真剣な表情を浮かべる―――でも多分「だるーい。早く終わらないかな」と思っているに違いない―――朋香を順々に見やり、最後には溜息を吐いた。
「もういい。とにかく今後は問題を起こさないように。桜乃はまたしばらくこの部屋で“女神”のお相手をしてさしあげろ」
はいぃ、と桜乃は大きく頷き、ついに零れた涙を拭う。
「女神のお相手って、別に私一人で大丈夫ですけど」
そう呟くと、榊様は今度こそ神々しすぎる微笑を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「一人で大丈夫、だと?私が何度人に顔を見られるなと言ったか覚えていないのか?覚えていないんだな?そうだろう?そうでなければ先程のようなことをしようと思うか?」
「で、でもあれは」
「言い訳は必要無い。とにかく今後はカーテンを開けるのも禁止だ。桜乃、女神がカーテンを開けようとしたら術をぶつけてでも止めさせろ」
そこまで!?と声を上げそうになった私の前に、桜乃は「はい!」と力いっぱい頷く。
ちょ、ちょっと、こらー!さっき私は桜乃を助けようとしてカーテンを開け、窓を開けたのを忘れたか!
「女神はどの程度魔術が使える?」
女神呼称は嫌味か何かのつもりなのだろうか。
否定するのも面倒で、私は「そんなもの使えたら、私は公務員じゃなくて世界的マジシャンになろうとしてた」と吐き捨てるように呟く。
そう言った私に、榊様は何だか変なものでも見つめるような視線を向けてきた。
「使えないのか?まったく?」
「使えない、というかそもそも使おうと思ったことがないです」
いや、この世界を夢に見だしてしばらくは「もしかして私にも使えるのでは!」とドキドキしながら試してみたことが何度もあるが、勿論、出来なかったのだ。
しばらくは足掻いてみたものの、無理なものは無理だった。
それがどうした、悪いか、と内心で呟きつつ榊様を見上げると、榊様はふむと頷き、桜乃を見やった。
「桜乃、女神はどうやらお隠れになられた際に魔術の使い方まで忘れたらしい。本来使えるはずのものが使えない不便は如何程のものか―――」
「女神様!私でよろしければ、精一杯教えさせていただきますー!」
榊様の言葉を途中で奪った桜乃の瞳は、榊様のお力になりたい!女神様のお力になりたい!という熱意に燃え、それはもうきらきらきらきらしていたのをここに付け加えておく。
やっと聖歌祭の2日前となり、私はようやく、部屋の外に出してもらえることとなった。
というのも、今日は顔合わせのための会合が開かれるらしいのだ。
会合と言っても、単なるラフな立食パーティーみたいなものらしいけれど。
聖歌祭にスタッフとして―――という言い方をするのか微妙なところだけど―――参加する人は多くいて、その一部の人間で顔合わせというか前夜祭のものをするらしい。
どうやら榊様はそこでとりあえず一度私の顔見世をしたいらしく、そのためのドレスが今眼の前にあるのだが……
「私はこんなものは着ません」
きっぱりと言い放つと、榊様は何故と問うてきた。
何故も何もあるか!と拳を握る。
目の前に用意されたドレスは2着。
真っ白の、ウエディングドレスかと見紛うような豪奢なドレスと、真っ赤な、やっぱり豪奢なドレス。
こちらの世界の現在の流行を存分に取り入れた、レースとフリルがたっぷりと使われたドレスだ。
私だって、もし自分の結婚式だったらこのくらい派手なものを着てみてもいいけれど、今夜のはただの軽い立食パーティーという話ではないか。
こんな派手なものを着ていったら間違いなく浮くだろうと眉を寄せる。
榊様は女性は皆このような格好だと言うが、私だって十年間近くもこの世界を見ているのだ。ただの立食パーティーでこんな派手なものを着ている人は滅多に居ないことくらいはちゃんと理解している。
これが王宮主宰のダンスパーティーとかならこのドレスでも頷けるけれど。
絶対に着ない、と言い張ると、榊様は溜息を吐いて桜乃にもう一着のドレスを持ってくるようにと命じた。
桜乃ははいっと元気な返事をして、先程榊様が抱えてきた箱の一つを空け、中身を取り出した。広がったのは、黒に近い紺色のシンプルなドレスだ。
こちらの世界で主流の、とにかく胸を目立たせてウエストはぎゅっと絞って、というものではない。
ふんわりと柔らかそうな生地で出来ていて、胸元からウエストにかけて、細かな刺繍が施してある。
ウエストでリボンを結ぶらしく、同色の絹のリボンが用意されていた。
裾は長く、私が着たら多分少し引きずる気がする。
この世界では、これほど丈の長いドレスは少なく、基本的にはくるぶしが見える程度の丈のものが多かったはずだ。
歩く度にちらちら見える華奢なくるぶしが女性らしさの証らしい。
くるぶしに女性らしさを見出すとは、所変われば人変わるものである。よく分からない趣味だ。
とにかく、珍しい長い裾部分には、まるで夜空に浮かぶ星のようにきらきらと輝く石が縫い付けられている。
布地が紺色だからか、本当に星空のようだ。
着るのも楽そうだし、ちょっと動きにくそうだがそれなりに可愛いし、目立たなさそうだし。
ということで、私はこれにしますと大きく頷いた。
榊様はそうかと軽く頷き、桜乃と朋香に「では今夜はこれを着せてやってくれ」と指示している。
胸を張っての外出は、この世界に来て初めてのことだ。
今回の顔見世でしばらくは「新しいヨルだ」「しかも女性のヨルだ」と、しばらくは騒がれるだろうが、その騒ぎもひと月もすれば静かになるだろう。
なんて、簡単に考えていた私は、うっかり忘れていた。
そもそもヨル自体がとんでもなく希少価値が高く、その中で女性といえば10人にも満たず、ついでに双黒は今のところ闇騎士しか居なかったなんてこと、しばらく現世から離れて一人だらだらと引き篭もらされていた私は、本当にすっかり忘れてしまっていたのである。
