忍者ブログ
いわゆる夢小説。しかし名前変換が無い。そしてファンタジー。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


「榊様のところに、ヨル、いましたよね……?」
恐る恐る、そう尋ねる。
私の記憶では、たしかに、絶対、間違いなく榊様のところでもヨルを一人囲っていたはずだ。
さすがにそれがどんな人間だったかということまでは覚えていないが、それでもたしかにヨルがいたはずである。

榊様は私の言葉に「ああ、いたな。―――2日前まで」と頷く。
そうしてから疲れたように、怒りを滲ませたように、苦悩の表情を浮かべた。
私は「2日前まで?」と首を傾げる。
私の言葉に榊様は睨み付けるような厳しい視線を窓の外に向けた。そうしてから、苦々しい口調で一言を口にする。

「……ヨル狩りだ。殺された」

榊様の低い声に、私は飛び上がるほど驚いた。
ヨル狩り?!つい数日前闇騎士が襲われたばかりではないか!
目を見開いて固まった私の視線の先で、榊様は「これほど厳重な警備の中、ヨル以外に殺された人間がいないということは、内部の人間の犯行か、手を引いている人間がいるということか」と思案しだす。
対して私はヨル狩りの響きに「そういえばヨル狩りがいるんだった。私もいつ死ぬか分からないってことだよね……!」と泣きそうになっていた。

もんもんと自分の死について考え出した私の視界の隅っこで、榊様は疲れたように息を吐き、再びこちらに視線を向ける。
「時期も悪かった。もう二十日もすれば聖歌祭だ。アクイローネだけでなく、他国からも人が集まる。そのときにヨルがいるのといないのでは、随分違う」
「はあ、なるほど……」
よく分からないがそういうものなのか、と頷いておいた。

それにしてももう少し悲しんではどうだ、自分の家のヨルが殺されたというのに。
そう思いはしたものの、よくよく考えれば榊様自身と榊家で囲っていたヨルとに、関係はほとんどない。家名を与えただけの関係だったのだろう。
希薄な関係の人間が死んだといえど、私なら死という事柄に対して泣くかもしれないが、榊様は悲しんでいる場合ではないのだろう。それよりは新しいヨルを見つけて榊の名を与えることの方が重大なことなのだ。
何だか冷たい人間のようにも感じたが、榊様の立っている場所と背負うものを思えば、そういうものなのかもしれないと思い直す。

そんなことを思いながら榊様を見つめると、榊様は私の考えを読んだかのように艶やかに微笑んだ。
「私はこういう人間だ。―――それでもこの手を取るというのなら、私はできる限りのことをしよう」
「……元の世界に、帰りたいって言ったら?」
「できる限りの協力を」
榊様はそう言って、私に右手を差し出す。
それに自分の手を重ねるか悩んだのは一瞬のこと。私はすたすたと手が届く範囲まで歩いていって、ぽすっと手を重ねた。

「約束ですからね」
挑むようにそう言うと、榊様は艶美に笑んで、勿論、と言葉を口にする。
「契約成立だ」
言って、榊様は小指に嵌っていた指輪を一つ抜き取り、私の中指にそれを嵌めた。
榊様も魔術師といえば魔術師なので、アクセサリーをいくつかつけているのだが、その中でも一際高そうな石が付いた指輪である。
きらきらと光を反射して輝く中央に嵌った石は深い青色で、吸い込まれそうなくらいに綺麗だ。

榊様は「とりあえずこれを」と言って、重ねていた手をそっと離した。
「何ですか、これ」
その家のヨルに石を渡すとか、そういう習慣があったっけ?と首を傾げる。
綺麗だなーとそれを眺めていると、榊様は「契約だと言っただろう?」と微笑んだ。

「だからってこんなのくれなくてもいいじゃないですか。落としたら嫌なので、返します」
そう言って指から指輪を引き抜こうとしたものの、うん?抜けない?
あれ、おかしいな、と思いつつぐいぐい指輪を引っ張ってみたものの、抜けない。
何だか嫌な予感を感じつつ榊様を見やると、榊様は「よく似合うな」と笑った。

「ちょっと待ったー!これ、これ、まさか、魔術がかかってるとか!」
「安心しなさい。悪いものではない」
「は、外してくださいー!」

ぎゃーすかと騒いでみたものの、榊様は「一度つけると外せないんだ」などと嘘くさいことを言って、ソファに座るように促す。
納得いかなかったが、榊様はどうやら本気で外してくれなさそうなので、私はぎりぎりと奥歯を噛み締めながらソファに腰を下ろした。
榊様も正面のソファに腰を下ろして、とりあえず、と言葉を紡ぐ。

「とりあえず聖歌祭までは、なるべく人に姿を見られて欲しくはない」
何で?とそう思ったのが表情に出たらしい。榊様は「初七日くらいは死を悼むべきだろう」と、全然悼んでない表情でそう言った。
「それに噂好きの連中に『新しく双黒のヨルを囲うために殺したのではないか』などというくだらない噂を広げられても面倒だ」
たしかにそれもそうだけど、数日前にヨルを亡くして数分前に新しいヨル(つまり私のことだけど)を見つけたばかりなのに、よくそこまで頭が回るものだなぁと思わず息を吐いたが、榊様は気にせずに言葉を続ける。

「後二十日で聖歌祭だ。新しくヨルを披露するならば、これほどいいタイミングはなかなかない」
「はぁ、なるほど」
そりゃよかったですね、と適当な返事をすると、榊様は眉を顰めて私を見つめた。
そうしてから疲れたように息を吐く。

「学んでもらわねばならないことは多くあるが、何より先に自分の価値を知りなさい」

自分の価値?と首を傾げた。ああ、ヨルだということか?
きょとんとしながら榊様を見つめると、榊様は何でこんなことまで説明してやらなくてはならないのだというように息を吐き出す。

「女性のヨル、それだけでも珍しい」
ああ、うん、そうだな。少ないよね、ヨルの女の人。私はこっくりと頷いた。
「しかも、ヨルの中でも双黒。私の知る限り、生存している双黒のヨルは5人だ」
私はもう一度こっくりと頷いた。

5人。えーとアクイローネでは闇騎士と木手さん、それから忍足さん、だったかな。忍足さんはほとんど名前だけしか知らない人間だが、王子の側近で、何か胡散臭そうな人だったはずだ。顔はよかったけど。
隣国オーヴェストにも双黒は一人いた。切原赤也、だったかな。鬼神のごとき、と言われるほど強く、一人で一つ中隊を潰したとかいう噂を聞いたことがある。ちなみに中隊はだいたい200人くらいだったはずだが……一人では無理だろう、絶対。
それからどこか小さな国の王子様もそうだったな、名前はえっと、リョーマ様とか何とかいったはずである。

とりあえず全世界でヨルは百数十人程度はいるはずで、その中で女性は1割にも満たない。双黒は今名前を上げた通り5人。
ふむ、ということは。
「双黒のヨルで女だから珍しいってこと?」
首を傾げてそう問うと、榊様は「……一言で言うならそういうことだが」と微妙な表情を浮かべる。
「それがどれほどのことか理解しているのか」
「……物凄い珍しい、ってこと?」
女神様に間違われたくらいだしな、なんて思いつつそう尋ねると、榊様は「もう少し賢い物言いはできないのか」と呆れたような表情を浮かべた。
そうしてからゆっくりと椅子から立ち上がり、私を見下ろす。

「侍女を一人付けよう。聖歌祭が終われば増やすが、それまでは一人で我慢してくれるか」
「じ、侍女……いや、あの、別に一人で大丈夫だと思うんですけど」
「勿論自分でできることは自分でやってもらう。だが、分からぬこともあるだろう。そのために侍女を付ける」
「はぁ、分かりました」

別に強制的にお風呂のお世話をしてもらったり服を着せてもらったりしなくていいのなら大歓迎である。
だって聖歌祭までの二十日間、話し相手が榊様だけなんて地獄のようではないか。侍女さんが同じ年頃の女の子であることを祈ろう。私はそんなことを思いつつ、榊様を見つめた。
榊様は部屋に置いてあった小さなベルを手にとり、ちりりん、とそれを鳴らす。
そうしてからこちらを振り向き、平坦な声で言葉を紡いだ。

「ちょうどいい人間がいる。―――<陽の娘>だが、構わないな?」



PR

陽の娘、もしくは陽の息子とは、ヨルでなくなった人間を指し示す。
そうなのだ、ヨルは突然ヨルでなくなることがあるのだ。徐々に、ということもあるが、たいていは寝て起きたらヨルでなくなっていたという、本当に突然のことらしい。
勿論これは珍しいことで、ヨルが100人いたら1人なるかならないか、というものである。確立1%なら案外高いか、とも思ったが、まあヨル自体が少ないので、陽の息子や娘なんていうのは本当に珍しいものなのである。双黒くらいに珍しいはずだ。

その理由は全く分かっていないが、一応ヨルとしての役目を果たしたから、という肯定的な理由だと思われている。
一部の人間は「ヨルである資格をなくすような罪を犯したからだ」などと言っていたりもするが、一般的には「ヨルとしての勤めを十分に果たしたため」だと言われているのだ。
陽の息子・娘となった彼らのたいていは、ヨルでなくなった後もヨルであったときと同じような生活を送ることになる。ヨルでなくなると魔力は若干減るとはいえ、それでも十分なほどの魔力を持っているし、それで十分食べていけるからだ。
これを機会に、といって隠居したりヨルのときには許されなかった平凡な生活を送る人間も少なくはない。読み書きを教えるために小さな学校を作った人や、結婚してパン屋さんになった人もいる。ちなみにパン屋は大盛況という話だ。
そして陽の息子、娘となった人の中にはヨルでなくなったことに絶望し、自ら命を絶つものもいるらしい。

陽の娘と言われて思い浮かぶのはただ一人なのだが―――しかし、ええと、ちょっと待てよ。
何で私の侍女にその陽の娘が付くのだ。どうして彼女が侍女なんて仕事についているのだ。
私の頭の中は疑問符でいっぱいだった。
そもそも陽の娘なんていうのは、少ない。ヨルの女性は少ないし、陽の娘ともなれば本当に少ない。双黒で女なのが私一人であるように、歴史上ではなく現在生存している陽の娘なんていうのは一人だけのはずだ。
それなのに、そんな人がどうして。
そう思ったとき、部屋のドアがノックされた。榊様が一言何かを呟いて、ドアが開く。

ドアの向こうにいたのは私より少しだけ年下だろうか、というくらいの女の子で、長い三つ編みの髪と大きな瞳が印象的な、可愛い子だった。
ここ、ダイヤモンドパレスでよく見るお仕着せのワンピースを身に纏った彼女の髪は今は胡桃色で、瞳も髪と同じ色だ。
華奢な手足を動かして「お呼びですか、榊様」と綺麗に礼の動作をとった彼女は、顔を上げた次の瞬間、私を視界に入れて固まった。
目を見開き、口を開けて固まられ、私は居心地の悪さを感じて身じろぎをする。
少女は「めがみさま」と呆然とした口調で呟いた。

「桜乃、入ってドアを閉めなさい」
榊様の言葉に咲乃と呼ばれた女の子は慌てて部屋の中に入り、そして慌ててドアを閉めた。
そうしてから今度はぽろっと涙を零し、「女神様……!」とその場に崩れ落ちたのである。

もう女神ネタはお腹一杯だと何度言わせる!

私は心の底からそう思ったが、可愛い女の子にそう言われると邪険にはできない。
勿論闇騎士や鳳家の坊ちゃんみたいな大の男の場合は話が別だ。蹴って殴って吊るして私は女神様ではないのだと理解させてやるべきだ。
そんなことを考えつつ、どうするべきかと榊様を見つめると、榊様は「泣いているところ悪いが、彼女は女神ではないようだぞ」と肩を竦めた。

しかし榊様の言葉も聞こえていないように、彼女は私を見つめる。たいへん困った。
榊様は榊様で「ということで、彼女が侍女の桜乃だ」と説明しだすし、いやいやいや、もうちょっと何事にも動じない人間をよろしくお願いしたいというか、彼女、本気で私のこと女神様でも見るような視線を向けてくるのだけど!
ちょっと待って!と声を上げる前に、榊様は開け放っていた窓を閉め、カーテンもぴっちりと閉めた。そうしてからこちらに向き直る。

「部屋はここを使ってもらう」
「え!だってここ、榊様の部屋ですよね」
「仮眠程度ならどこでも取れる。どちらにしろ聖歌祭の準備のために休む時間はほとんどない。この部屋なら外に出ずに風呂にも入れるしトイレもある。桜乃、お前が口を滑らさなければ“女神様”の存在が無駄に他人に露見することもない」
さらっと紡がれた女神様の言葉に反論しようとしたが、「私、一生懸命お世話をさせていただきます!」という声の方が早かった。

「女神様、至らぬところはあるかと思いますが、一生懸命頑張ります!」
「いや、あの、女神様じゃ」
「私のことは桜乃とお呼びください!」
「ええと、あの、桜乃、」

瞳をきらきらさせながら私を見つめる桜乃に、一つ言っておいたほうがいいであろうことがある。
「……あのさ、ブラウスのボタン、とれてる」
可愛いレースの下着が見えてるよ、とはさすがに榊様もいるので言えなかった。
そして私の言葉に桜乃は「キャー!」だとか「イヤー!」だとかいう高い悲鳴を上げて慌ててブラウスの胸元をぎゅむっと掴んだ。
ふえふえと泣き出しそうになった桜乃を眺めつつ、とりあえず溜息をひとつ。


―――騒がしくなりそうだ。







「桜乃ー、それ片付けたらでいいんだけど、ちょっと文字教えてくれない?」
「は、はい!文字といいますと、古代文字ですか?私も少し苦手ですが、頑張りますっ」
「何で!違うよ、普通の、今使われてる文字―――あっ、ソース零してる!右手!皿!」
「え、キャーッ!絨毯がー!」

ということで、私がこちらの世界で生活することになってから、早1週間が経過しようとしていた。
榊様は予想に違わず忙しい人らしく、ほとんど顔を合わせることがない。その代わりにと言うべきか、侍女の桜乃とは年が近いせいもあって、すぐに打ち解けることができた。
最近なんて24時間ずっと桜乃と一緒に過ごしているのだから、まあ当然と言うべきかもしれない。

最初は女神様女神様と本当に神様でも見るような視線を向けられたが、さすがに1週間も経てば私の女神っぽくないところも嫌というほど露見していて、桜乃は私を女神様とは呼ばなくなった。
勿論様付けはされるし、私への態度は友達に対するそれではなくて主人に対するものだったが、それでもかなり仲良くなったはずだ。
泣きそうになりながら絨毯の染みを拭っている桜乃を見つめつつ、「まあ、私の一方的な思い込みじゃないといいんだけど」なんて思う。

「ど、どうしよう。染みになっちゃいます」
「そのくらいなら大丈夫じゃない?赤い絨毯なんだし、ソースくらい零してもよく見ないと分からないって」
「駄目ですー!」

ふえふえと泣きそうになっている桜乃は同性の目から見ても可愛い。
妹がいたらこんな感じだったのかな、なんて思いながら桜乃の手から布巾を取り、とんとんと絨毯を叩いた。
桜乃は「私がやります!」と慌てて布巾を取り返そうとしたが、桜乃の拭き方では余計に染みが広がってしまう。叩いて染みをとるのだ。

だんだん綺麗になっていく絨毯を、「わあ」と感嘆の息を漏らしつつ見つめている桜乃はかなりのどじっ子で、どこの少女マンガから抜け出してきたのだというほどお約束なドジをする。
時々「こんなこともできないのか」と驚くが、そこも可愛いとは思う。そして時々「むしろ私が桜乃の侍女なんじゃないだろうか」とも思う。
しかしいくらドジでも、桜乃は貴族の令嬢のようにも思えた。
というのも、案外賢く、そして所作が綺麗なのだ。垣間見せるその知識の深さと振る舞いの美しさは、ちょっとどころかかなり私を驚かせた。

まあ、実際に幼い頃はヨルだったのだから、貴族としての教育を受けているので、当然と言えば当然なのかもしれない。
ヨルのときの桜乃はあんまり見たことがなかったけれど、それでもたしかに結構格の高い貴族の家でお世話になっていたはずだ。しかし陽の娘となったときに追い出され―――どうやらその貴族は「陽の娘など、ヨルとしての資格をなくした者だ!」という考えだったらしい―――どうしようかとアワアワしていたところを榊様に拾われたらしい。

桜乃は「榊様は私の恩人です。一生尽くしていきます」というようなことを言っているが、正直榊様が何もしなくても他の貴族が欲しがったのではないかと心底思う。
だって、ヨルほどではないが、陽の娘だって勿論あちらこちらから引っ張りだこのはずだ。
しかも桜乃はこんなに可愛くて馬鹿みたいに素直で扱いやすそうなのだから、うん、欲しいと思う人間は少なくないと思うぞ。

けれど桜乃は盲目的なまでに榊様を信じていたし、桜乃がそれでいいならいいか、なんて思う。
榊様だってこんなに慕われているのだから嫌な気はしないだろうし、桜乃は「私、ああいう世界はちょっと苦手なんです。だから、ヨルとして生活していたときより、今の方がずっと幸せです。」と本当に嬉しそうに笑うのだ。
まあ、ヨルの世界はヨルの世界で大変そうだし、そう思うのも仕方の無いことなのかもしれない。

でも、よりにもよって侍女なんて扱いにしなくてもよかったんじゃないかなんて思いつつ、そういえば、と口を開く。
「そういえば、桜乃って好きな人いないの?榊様が好きなの?」
榊様のことを心の底から尊敬しているらしい桜乃だが、好きな人はいるのだろうか。それとも恋愛対象として榊様のことを慕っているのだろうか。
ふと疑問に思ってそう尋ねたのだが、桜乃はぼわっと頬を染めて「い、いません!」と声を上げた。

―――間違いなくいる。絶対にいる。いないはずがない。

桜乃の分かりやすい反応ににやにやして「えー、誰ー?」と肩をつんと突っつく。桜乃は「ほほほ本当にいません!」と顔を真っ赤にして首を横に振った。
その反応、いないわけがない。

「誰誰?騎士団の誰かとか?王子とか?」
「ちがっ、ちがち、ちが、ちちち違います!」
お、この焦りようはもしかして当たりか?しかし騎士団なんてたくさんいるしな、なんて思いつつ「そうか、王子かぁ」ととりあえずかまをかけてみた。
すると桜乃は「どどどどうして分かっ分かったんですかあ!」と顔を真っ赤にして泣きそうになりながら、声を上げる。

「え、本当に王子なの?景吾様?」
桜乃がああいうタイプの男を好きだったとは少しばかり意外だが、いやいや案外そういうものなのかもしれない。
しかしそうではないらしく、桜乃は諦めたように、けれど顔を真っ赤にしたまま「景吾様じゃありません」と呟いた。
ふむ、では長兄か次兄のどちらだろうと首を傾げたが、どうやらそれも違ったらしい。桜乃は「ご存知ないかもしれないのですけれど」と前置きしてから私を見つめた。

「アウストゥラーレという国の、王子です」
アウストゥラーレ。発音の難しいその国の名前は、数年間この世界をふらふらしていた私には一応聞いたことのあるものだった。
その国の王子といえば。
「あ、双黒の、リョーマ様か」
ぽんと手を打ってそう言うと、桜乃は更に更に顔を赤くして俯いた。
どうやって知り合ったのだろうと疑問に思ったが、ああそうか、毎年この国で行われる聖歌祭には他国のお偉い方もたくさんいらっしゃるのである。そのときだろう。

「私なんかが想ってもいい方ではないですけれど」
桜乃は恥ずかしそうにはにかんでそう言った。その表情は恋する乙女そのもので、可愛いなぁと思う。
そんな可愛い桜乃は、顔を真っ赤にしたまま銀のカートの上に二人分の食器を乗せて、「では、戻して参りますね!」と慌てて部屋を出て行った。
ドアがぱたんと閉まり、一人ぼっちになる。
それと同時に私は軽く息を吐き、ソファに深く腰掛けた。



この一週間、私は本当の本当にこの部屋から一歩も出ることを許されずに生活していた。
まあ桜乃が食事を持ってきてくれるし、シーツも毎日清潔なものに取り替えられ、お風呂にもトイレにも好きなときに行けるので不便はないとはいえ、いい加減に外に出たい願望も生まれてくる。
しかしそんなことをしては榊様に叱られるどころか、むしろ縄でも付けられて生活することになりそうだ。それだけは絶対にごめんである。
とりあえず聖歌祭までは大人しくしていよう、とぐっと拳を握る。

ああ、それにしても、桜乃が戻ってきたら絶対に今の話を聞かなくては!なんて胸をときめかせた。
どうしようかなー、からかったら絶対に話してくれないだろうしなー。ここはじわじわと聞き出していく作戦か!
こちらの世界に来てから、久しぶりの楽しい話題に思わず口元が緩んだ。
桜乃、私は力の限り応援するからね!なんて思いつつ、桜乃の出て行ったドアに視線を向ける。

ああ、早く戻って来ないかなあ!


とまあ、異世界で生活することになったにしては、私はあまりにも平和に日々を過ごしていた。
私がこちらの世界についてよく知っていたせいもあるし、何一つ不自由のない生活を送っているせいもある。

しかし勿論、人生というのはそう甘くはないらしい。
そのことを私は、夜中の1時、本当なら闇のヴェールが空を覆う、けれどこちらの世界では太陽が明るく世界を照らすときに、心の底から思うこととなるのだった。






[6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15
«  Back :   HOME   : Next  »
カレンダー
01 2026/02 03
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
フリーエリア
最新コメント
[06/15 ぽち]
最新記事
最新トラックバック
プロフィール
HN:
KaRa
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
アーカイブ
最古記事
忍者ブログ [PR]